スペインの歴史が詰まった美術館


 今年2019年に開館200周年を迎えたスペイン・プラド博物館。

マドリードを初めて訪れた観光客がほぼ必ず訪れる一大観光名所でもあります。スペイン王室が蒐集した美術品の数々は世界最高峰とも言われ、中近世のスペイン黄金時代の歴代王族の圧倒的経済力を現在に残す重要な美術館です。


1819年に開館した当初は近世スペインを代表する建築家ビリャヌエバにより、南北にシンメトリーな作りの自然科学博物館を想定して造られましたが後に変更され、王家のコレクション約300点をメイン展示とした博物館として開かれ、現在では3万点近い絵画や彫像を所蔵しています。



博物館内は主に12~13世紀のスペイン・イタリア・フランス・フランドルの絵画を主に展示しており、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤの三巨匠の作品は必見です。また、ボッシュやルーベンス、ブリューゲルらの作品も収蔵され、館内を歩いていると絶対に美術の教科書で一度は目にしたことのある作品を見つけることができます。

2007年には旧館であるビリャヌエバ館の隣に企画展示のための新館・ヘロニモス館がオープンしました。新旧館合わせた常設展示の作品は約1400点を数え、展示室の数も100近いので、しっかりと鑑賞されたい方は半日~一日は必要でしょう。


実は200周年を記念して、プラド博物館の全貌に迫るドキュメンタリー映画『プラド美術館 驚異のコレクション』が2020年4月10日から日本でも公開されるのだとか。

ドキュメンタリーではベラスケスやゴヤ、エル・グレコなど日本でも人気の高い画家やボッシュ、クララ・ピーターズの作品などに焦点が当てられ、天才たちの筆遣いを迫力満点で伝えます。保存・修復作業風景や新しいプロジェクトに参加する建築家たちの声を通して、いまだ知られざる魅力に迫る作品となります。中々ヨーロッパは、、、と考えていらっしゃる方は、このドキュメンタリーを観てみるのもいいかもしれませんね!


今回のブログでは旧館の常設展示で有名な作品とその成り立ちを説明していきます。


◆ビリャヌエバ館(旧館)・地上階

・『快楽の園(El Jardín de las delicias)』(56A)

独創的な作品造りで知られるヒエロニムス・ボッシュの代表作。

高さ2メートル20センチ、横幅4メートルの三枚のパネルからなる祭壇画で、左から『地上の楽園』、『快楽の園』、『地獄』と名づけられています。

左のパネル『地上の楽園』は、名前の通り聖書に登場する【エデンの園】であり、神がアダムとイブを引き合わせていますが、池の右に立つ木に蛇が巻き付けていることから、やがてアダムとイブがリンゴを盗み、楽園を追放されてしまうということを暗示しています。


真ん中のパネル『快楽の園』では画面一杯に天地創造が表現され、一糸まとわぬ男女が一面にこれでもかとばかりに描かれています。この絵では男を快楽に誘う存在として様々なメタファーを用いて女性が表されています。例えば男たちがまたがっている動物たちは男たちの下劣な感情を、ムール貝から足がはみ出しているのは言わずもがなで、イチゴははかない肉体的な快楽の象徴だと言われています。


右のタイルは『地獄の世界』と呼ばれ、エデンの園を追放された人間が快楽に溺れたことで、地獄でその罪を償うこととなります。前の二枚とは打って変わって、ダークなタッチの中でボッシュの独創性が遺憾なく発揮された不気味な悪魔達が裸の人間たちを追い立てる様子が描かれています。


・『死の勝利(El Triunfo del la Muerte)』(56A)

『快楽の園』と同じ部屋にはボッシュと同時期に活躍した巨匠・ピーテル・ブリューゲルの『死の勝利』は、「死の前には何人も平等である」というテーマをよく表しています。これは当時の日常的な風景を表していると考えられ、がりがりにやせ細った兵士たち迫りくる死に対して儚い抵抗をする様子が描写されています。農民から王様まで全員が殺され、彼らの骸骨を荷馬車に満載してそれを白馬にまたがった骸骨が引いています。荷馬車の前にいる赤いマントの人物が王様で、宝物を略奪されています。ブリューゲルが描いたこの『死の勝利』は絶望的な描写によって、階級に関係なく人々に襲い掛かる”死”に圧倒されます。


・『マドリード 1808年5月2日(El dos de mayo de 1808 en Madrid)』と『マドリード 1808年5月3日(El tres de mayo de 1808 en Madrid)』(65)

本作は『1808年5月2日 エジプト人親衛隊との戦闘』 『1808年5月3日 プリンシペ・ピオの丘での虐殺』の連作になっていて、スペインがフランスから独立を勝ち取った後、ゴヤがこの戦いの中でスペイン人の英雄的行動を永遠に遺したいと政府に申し立てて作り上げたものです。前作はフランスの侵攻に抵抗してエジプト人親衛隊をマドリードの市民たちが奇襲する、というもので構図もなく、まさに”奇襲”という言葉を表しているような混沌具合が描かれています。後作は翌日鎮圧された暴動に加担した市民たちが女子供を含めて400人以上が銃殺刑に処されている場面が描かれています。銃殺隊に対して、市民たちは怒りとも悲しみとも取れるような表情を露わにしています。


・『我が子を喰らうサトゥルヌス(Saturno devorando a un hijo)』(67)

ゴヤは晩年に近づくと耳が不自由となり、情緒不安定となっていたことで、それまでの彼のタッチとは全く違う、狂気に満ちた「黒い絵」のシリーズを書き始めました。博物館のこの部屋に飾られているのは彼が別荘に籠もり、戦争と革命によって疲弊していくスペインを鋭い観察眼で描写した14作品にも及ぶ「黒い絵」が収蔵されており、この『我が子を喰らうサトゥルヌス』です。観るもの全てに強いインパクトを与えるこの絵画は、白髪を振り乱した裸の巨人が実のわが子を貪り喰らう様子が描かれています。子どもの頭部はすでに無く、巨人はまさに左の腕を噛みちぎろうとしています。この絵のモチーフはローマ神話から来ています。天空神ウラノスと大地の女神ガイアの子として生まれた巨人サトゥルヌスは、大鎌で父を殺してしまうのですが、死に際の父の言葉に終始怯え続けることになります。それは「いつかお前も自身の子どもに殺されるだろう」というもので、サトゥルヌスは恐怖のあまり5人いた子供を次々と飲み込んでしまった、というものです。ゴヤが描いたサトゥルヌスの表情は、自分が犯してしまった愚行に認識が追いつかず、愕然としているようにも見えます。


◆ビリャヌエバ館(旧館)・1階

・『胸に手を置く騎士の肖像(El caballero de la mano en el pecho)』(08B)

ギリシャのクレタ島で生まれたエル・グレコ。この名前はスペイン語で”ギリシャ人”というあだ名で、本名はドメニコス・テロトコプーロス。彼の絵は宗教画がほとんどで、作品の特徴としては極端なまでに引き延ばされた人体と独特な光の表現法。暗い色彩を用いながらも、所々で鮮やかな色を用いる技法はビザンティン世界のイコン画を彷彿とさせます。


・『ラス・メニーナス(Las Meninas)』(12)

大きな部屋に展示されているのは、セビーリャ生まれで宮廷画家として活躍したベラスケスの最高傑作。「女官たち」という意味のこの作品を語ろうとすれば、それだけで数時間かかるとも言われるほど。なんといっても作品の構図が面白く、真ん中のマルガリータ女王の後ろにある鏡には絵筆を持ったベラスケス本人と彼の主でもあったフェリペ4世と王妃の肖像画が映っています。つまり、鑑賞している私たちの立っている場所こそが国王夫妻が立っている場所でもあるのです。肖像画のデッサン中に王女とお付きの女官たちが遊んでいる、という場面を切り取った作品です。


・『三美神(Las tres Gracias)』(29)

バロック絵画の巨匠であるルーベンスの作品を、フェリペ4世は広く蒐集し、プラド博物館が収蔵する彼の作品は世界最多とされる。そしてこの『三美神』は愛の女神ヴィーナスに仕えており、田園風景の中で裸体を自慢気にさらしています。こうした裸婦像はルネサンス期からロココ、ルノワール時代において展開されていきます。


・『カルロス4世の家族(La familia de Carlos IV)』(32)

宮廷画家であったゴヤの主であったカルロス4世とその家族を描いた作品です。人間の内面を描写することに長けていた彼の作風は、この絵にも表れています。なぜか一番偉いはずの国王カルロス4世が右端に追いやられ困り顔。真ん中には王妃のマリア・ルイサが胸を張っています。国王夫妻以外には国王の兄弟姉妹やこどもたちが描かれているのですが、その中には王妃とその愛人の間に生まれた子どももいます。そして普通なら美男美女に描くであろう国王夫妻であっても、ゴヤの”ありのままに描く”というスタイルをとっていたのだとか。当時の世情もあいまって、これからやってくる暗い時代を映し出した作品です。


・『着衣のマハ(La maja vestida)』と『裸婦のマハ(La Maja desnuda)』(36)

”マハ”とはスペイン語で美女のこと。この「着衣のマハ」「裸婦のマハ」が描かれた18世紀当時に裸婦画は禁止されていましたが、上流階級の方々は隠し持っていたのだとか。この2枚のマハを持っていたのはマリア・ルイサの愛人とも噂された首相ゴドイだったとか。


いかがだったでしょうか。スペイン王室の内情や中近世の世相、宗教画などの他にもイタリアやフランドル絵画も充実していますし、館内にはミュージアムショップやカフェもあるので休憩しながら1日かけて作品鑑賞に費やしてみるのもいいかもしれません。もはやスペインの歴史博物館とも言えるプラド博物館でした。


◆インフォメーション◆

住所:Paseo del Prado, s/n

電話:902 107 077

公式HP(英語):www.museodelprado.es/en

開館時間:月~土 10時から20時まで

     日・祝 10時から19時まで

(入場は閉館の30分前まで)

休館日:1/1、5/1、12/25

料金:大人15€、学生無料、65歳以上7.5€、日本語音声ガイドは別途4€

(月~土の18時以降と日・祝の17時以降は無料)

アクセス:メトロ2号線バンコ・デ・エスパーニャ駅または1号線アトーチャ駅から徒歩8分


*注意*

博物館に入場する際にはセキュリティチェックがあり、カメラやペットボトルは持ち込めません。荷物は入口のクロークに預けることができます。








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